認知症の相続人は遺産分割協議に参加できるか
認知症の方が遺産分割協議に参加した場合、その協議は無効になる可能性があります。
遺産分割協議は、法律上重要な意味を持つ行為であるため、参加者には正しい判断力が必要です。認知症によって判断能力が十分でない場合、ご自身の意思に基づいた適切な遺産分割ができなくなる恐れがあるからです。
遺産分割協議が無効と判断されるかどうかは、認知症の程度によって異なります。軽度の認知症の場合、医師の診断や、協議当時の状況などを総合的に判断し、有効とされる場合もあります。しかし、認知症が進行し、判断能力が著しく低下している場合は、無効と判断される可能性が高くなります。
もし、認知症の方が遺産分割協議に参加し、その後無効が認められた場合、改めて有効な遺産分割協議を行う必要があります。しかし、認知症の進行により、再度協議に参加することが難しいケースも少なくありません。そのような場合、家庭裁判所に成年後見人を選任してもらい、代理で遺産分割協議や、場合によっては調停や審判といった手続きを進めることになるでしょう。
遺産分割協議は、相続人全員の納得が得られる形で進めることが重要です。認知症の疑いがある場合は、早急に専門家に相談し、適切な対応をとるように心がけましょう。
認知症の相続人がいる相談事例
近年、当事務所では「認知症の相続人がいる」という相続相談が増加傾向にあります。理由としては、日本人の長寿命化に伴う認知症人口の増加です。
特に多いのは、「父親が亡くなったが、母親が認知症」というケースです。このような場合、相続手続きはどのように進めれば良いのでしょうか?誰が母親の代理人になるのか?遺産分割協議はできるのか?など、様々な疑問が浮かびますよね。
今回は、このようなケースにおける注意点や、成年後見制度について解説していきます。もし、あなたやあなたの家族が同じような状況に直面したら、一人で悩まずに、まずは専門家にご相談ください。
認知症の相続人がいる場合の注意点
認知症の相続人がいると、遺産分割協議がスムーズに進まない可能性があります。遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要となるためです。認知症の方がご自身の意思表示を明確にできない場合、他の相続人だけで協議を進めることができず、手続きが滞ってしまうのです。
遺産分割協議が長引くと、相続財産を有効活用できないというデメリットも生じます。例えば、不動産を売却して現金化する、預貯金を解約して生活費に充てるといったことが難しくなり、経済的な負担が増えてしまう可能性もあるでしょう。
さらに、遺産分割協議が長期化すると、相続人同士の関係が悪化する可能性も否定できません。「認知症の方の代理人を誰が務めるか」「どのように財産を分配するか」といった問題で意見が対立し、深刻なトラブルに発展することもあります。遺産分割協議がスムーズに行えるよう、弁護士や司法書士などの専門家に相談することも検討しましょう。
成年後見制度の利用について
認知症の方が抱える問題の一つに、財産を適切に管理することが難しいという点があります。不動産や預貯金の管理はもちろん、契約ごとや日常的な金銭のやり取りも難しくなるケースが多く見られます。このような事態に陥ると、ご本人だけでなく、ご家族にも大きな負担がかかってしまうでしょう。
このような状況下で有効な手段として挙げられるのが「成年後見制度」です。この制度は、認知症などにより判断能力が十分でない方を保護し、財産管理や契約行為などを支援するものです。家庭裁判所に申し立てを行い、認められれば、ご家族などが「成年後見人」となって、本人に代わって財産を管理したり、契約を締結したりすることができます。
成年後見制度には、「後見」「保佐」「補助」の3つの種類があり、それぞれ支援の範囲が異なります。ご本人の状況に合わせて、適切な制度を選択することが重要です。
成年後見制度を利用することで、認知症の方の財産を適切に管理し、ご本人とご家族の生活を守ることに繋がります。ただし、手続きや成年後見人の役割には、複雑な面もあるため、専門家である弁護士や司法書士に相談することをおすすめします。
成年後見人がいる場合の遺産分割
成年後見制度は、認知症などで判断能力が十分でない方を保護するための制度です。しかし、成年後見人だからといって、被後見人の遺産分割を自由にできるわけではありません。
たとえば、成年後見人が実子であったとしても、他の相続人の意向を無視して、自由に遺産分割協議を進めることはできません。なぜなら、成年後見人はあくまで被後見人の利益を守る立場であり、他の相続人のために存在するわけではないからです。
また、成年後見人は家庭裁判所に就任を監督されており、財産の使い道などについても定期的に報告する義務があります。そのため、仮に他の相続人が納得しないような遺産分割協議に応じれば、後になって家庭裁判所から許可が下りない可能性もあるのです。
つまり、成年後見人が誰であろうと、遺産分割については他の相続人と十分に話し合い、家庭裁判所の許可を得る必要があるということです。
成年後見制度の安易な利用は注意を
遺産分割を巡る家族間のトラブルは、残念ながらそう珍しい話ではありません。 遺産分割で揉めている、あるいは、将来揉める可能性があるからと、成年後見制度の利用を検討される方がいらっしゃいます。しかし、成年後見制度の利用には注意が必要です。
成年後見制度は、判断能力が不十分な方を保護するための制度です。認知症などで判断能力が低下した方が、悪質な訪問販売や詐欺などに遭ってしまわないよう、財産を適切に管理し、本人を法律的に支援する制度なのです。
しかし、たとえば遺産分割で自分の意見を通したいがために、親に成年後見人(又は補助人・保佐人)をつけると、どうなるでしょうか?
たとえ家族間であっても、本人の意思に反して成年後見制度を利用することは、本人の権利を著しく侵害する可能性があります。また、成年後見制度は、一度開始すると、その後、家庭裁判所の許可が下りるまでは、簡単には終了できません。つまり、遺産分割という目先の利益のために、本人の意思を無視し、その後の人生を大きく左右する可能性があるのです。
さらに、成年後見人になった場合には、毎年、家庭裁判所へ財産状況を報告する義務が生じます。この手続きは決して簡単なものではなく、専門家に依頼すると、当然費用も発生します。遺産分割が終わった後も、本人が亡くなるまで、この負担が続く可能性があることを忘れてはなりません。
成年後見制度は、あくまでも判断能力が不十分な方を保護するための制度です。一部の相続人の意見を通すことを目的とした安易な利用は避けるべきです。 遺産分割でトラブルを抱えている場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談し、他の解決策を探ることをお勧めします。
銀行からの成年後見利用の勧めは要検討
銀行が成年後見制度の利用を促すケースが増えており、家族が望まない状況で利用せざるを得ないケースも少なくありません。
預金者保護の観点から、銀行は認知症などにより判断能力が低下した方に対して、高額な取引に応じないケースが増えています。特に、相続が発生した場合、銀行は相続人の意思確認を厳格に行います。
例えば、親が認知症を患っており、子供たちが相続人である場合、銀行は預金の払い戻しや解約などの手続きにおいて、親本人による意思確認を求めます。しかし、認知症が進行している場合、親は銀行の窓口で適切な判断や意思表示ができない可能性があります。このような場合、銀行は預金者の保護を最優先に考え、手続きを凍結することがあります。
その結果、子供たちは相続手続きを進めることができず、生活資金の引き出しなどもできなくなる可能性があります。このような事態を避けるために、銀行は家族に対して成年後見制度の利用を勧めるケースが増えています。成年後見制度を利用すると、家庭裁判所によって選任された成年後見人が、本人に代わって預金の管理や相続手続きなどを行うことができます。
しかし、成年後見制度の利用には、家庭裁判所への申立てや後見人とのやり取りなど、時間と手間がかかります。また、後見人への報酬の支払いも必要となるため、経済的な負担も生じます。そのため、家族としては、成年後見制度の利用は最終手段と捉え、他の方法で問題解決を図りたいと考える場合もあるでしょう。
認知症の方がいる場合の相続手続きのご相談
認知症の方が相続人となる場合、相続手続きは複雑化する可能性があり、専門家のサポートが欠かせません。認知症の進行度合いによって、ご本人様がご自身の意思で遺産分割協議に参加できるかどうかが変わるためです。
例えば、ご本人様が判断能力を喪失している場合、ご家族が代理で手続きを行うためには、家庭裁判所による成年後見制度の利用が必要になります。この制度では、ご本人様に代わって財産管理や法律行為を行う後見人が選任されます。
また、認知症の方が有効な遺言書を作成できるかどうかも重要な論点です。遺言書の作成には、ご自身の財産を理解し、誰に何を相続させるかという判断能力が必要となるため、認知症と診断された時期によっては、遺言書の有効性が争われる可能性も出てきます。
このように、認知症の方が関係する相続手続きは、判断能力の有無や成年後見制度の利用、遺言書の有効性など、様々な法的問題が関わってきます。
そのため、ご家族だけで解決しようとせず、相続実務に精通した司法書士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。遺産分割協議を進めるにあたって、専門家のアドバイスを受けることで、ご本人様やご家族にとって、よりスムーズかつ適正な相続手続きを進めることができるでしょう。