近年、高齢化が進む日本社会において、判断能力が不十分な方を支援するための成年後見制度の重要性が増しています。
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が不十分な方の財産管理や契約締結を支援する制度ですが、医療の現場ではしばしば成年後見人に「医療行為の同意」を求める場面があります。しかし、成年後見人には医療同意をする権限が認められていません。
本記事では、その理由や医療機関での対応、代替手段について詳しく解説します。
成年後見制度の基本と後見人の役割
成年後見制度には、「後見」「保佐」「補助」の三つの類型があり、それぞれの対象者の判断能力に応じて家庭裁判所が成年後見人・保佐人・補助人を選任します。
成年後見人の主な役割は、本人(被後見人)の財産を適切に管理し、生活に必要な契約(賃貸借契約や介護サービスの利用契約など)を代行することにあります。
成年後見人の権限は、民法858条において「本人の利益を考慮しながら、その財産を適正に管理する義務がある」と定められています。しかし、医療行為に関する決定については明確に規定されておらず、実務においてもしばしば混乱が生じています。
成年後見人が医療同意できない理由
成年後見人には、法律上、医療行為に対する同意権が認められていません。その理由は、医療行為の同意が「一身専属的な権利」とされ、他者が代行できる性質のものではないと考えられているためです。
日本の法律では、医療行為の同意は本人の自己決定権の一部と位置づけられています。成年後見人は法定代理人ではありますが、その権限はあくまで財産管理や契約締結に限定されており、本人の生命や身体に関わる重大な決定を代理で行うことはできません。この考え方は、日本弁護士連合会や日本司法書士連合会が発表するガイドラインにも明記されています。
また、医療行為にはリスクが伴うため、誰が責任を負うのかという問題もあります。仮に成年後見人が医療同意を行い、その結果として本人に不利益が生じた場合、成年後見人に責任を問うことが可能なのか、あるいはどのような基準で判断するのかが明確ではありません。このような理由から、成年後見人が医療同意を行うことは制度上も認められていないのです。
医療機関が成年後見人に同意を求める背景
それでは、なぜ医療機関は成年後見人に医療同意を求めるのでしょうか?
これは、日本の医療現場において「家族が医療同意を行う」という慣習が根強く残っていることが大きな要因です。多くの医療機関では、手術や治療を行う際に家族の同意を求めることが一般的ですが、身寄りのない患者や認知症の高齢者の場合、医療機関は成年後見人がその役割を果たすべきだと考えることがあります。
しかし、前述の通り、成年後見人には医療同意の権限がないため、医療機関側もその点を理解した上で対応する必要があります。厚生労働省が策定した「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」においても、医療機関が身元保証人や成年後見人に対して「医療同意を求めることは適切ではない」と明記されています。
成年後見人ができることとできないこと
成年後見人は医療同意はできませんが、以下のような形で医療に関わる支援を行うことができます。
- 医療費の支払い契約の締結 成年後見人は本人の財産を管理する権限を持っているため、病院との医療費支払い契約を締結することが可能です。
- 医療機関への情報提供・連携 成年後見人は、本人の健康状態や治療の希望について、医療機関と情報共有し、スムーズな治療が受けられるよう調整する役割を担うことができます。
- 本人の意思確認のサポート 本人の判断能力が部分的に残っている場合、意思決定支援を行い、医療従事者が本人の希望をくみ取れるよう支援します。
一方、以下の点については成年後見人の権限外となります。
- 医療行為(手術、延命治療など)の同意
- 身元保証人としての契約締結(後見人は保証人にはなれない)
- 本人の死亡後の葬儀や遺体の引き取り
医療同意が必要な場合の代替手段
では、本人が判断能力を失い、家族もいない場合、誰が医療同意を行うべきなのでしょうか?
- 医療・ケアチームによる合議 多くの病院では、本人が医療同意を行えない場合、医療・ケアチームや倫理委員会が協議し、本人にとって最善の治療方針を決定します。
- 本人の事前指示書の活用 本人が意思表示できるうちに「リビングウィル(事前指示書)」を作成していた場合、その内容を尊重して治療方針が決定されます。
- 市町村長申立てによる成年後見制度の利用 成年後見制度の利用が適切な場合、家庭裁判所を通じて市町村長が成年後見人を選任することも可能です。
まとめ
成年後見人は、本人の財産管理や契約締結を行う法定代理人ですが、医療行為に関する同意権は有していません。医療機関が成年後見人に同意を求めるケースは少なくありませんが、法律上は適切ではなく、医療・ケアチームの合議や事前指示書の活用が推奨されます。
成年後見制度を利用する場合は、その限界と役割を正しく理解し、医療機関と円滑に連携を図ることが重要です。当事務所では、成年後見に関するご相談を随時受け付けておりますので、お困りの際はお気軽にご相談ください。